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WithYou 〜みつめていたい〜


 

第6章「愛って後悔しないものよね」

 入稿も無事終わり、ついに当日がやってきた。俺達はビッグサイト前に集まり準備を整えていた。菜織だけは、別行動で来ることになっていた。

「ようこそ、同志。いざ人類のふるさとビッグサイトへ」

「うわぁ、すごい人だねぇ」

「噂には聞いていたけど、こんなに来ているんだ」

「まさに、ファンタスティック」

真奈美と乃絵美は本当に驚いている。ていうか、これで驚かない初参加者はいないんではないか?

 ふと、乃絵美の方を見ると鞄を担いでいた。普段、鞄を持ち歩く習性のない乃絵美が持ち歩いているなんて不思議だと思い、聞いてみた。

「それにしても、乃絵美。そのいつもより大きな鞄はなんなんだ?」

「うふふ、お兄ちゃん。まだ秘密だよ」

 乃絵美にうまくはぐらかされていると、菜織がやってきた。

「ごめんごめん、待った?」

「うんうん、私たちも今来たところだよ」

「ちょっと、タクシーが込んじゃってね」

「さすが大手だよ、すごいすごい」

「まあ公共交通機関で来るとこの場ではやばいからね」

「ま、なんにしろ行こう!」

 乃絵美のその一言で、みんなはゲートのところまで行った。菜織だけはスタッフが特別な方から入れてくれていたが、俺たちは普通にゲートをチケットを見せて通った。

 ゲートを入り、会場の入り口まで来たところで配置図を見てみる。俺達のサークルは東2、菜織のサークルは東4となっていたので、フロアースペースに降りた瞬間に

「じゃあ、私は自分のスペースに行って来るからここでお別れね。それと乃絵美、あとで来るからね」

「うん、菜織ちゃん。待っているよ」

「にしてもすごいよな、あいつ。行く先々で挨拶されているよ」

 それから俺達は少し菜織を見送っていたのだが、本当に行く先々で挨拶されていた。かといって、タカビーにもならずに菜織自身も笑顔で挨拶をして見ていて気持ちが良かった。

「そりゃそうだよ、芸能界で言えば超売れっ子だよ。毎日ゴールデンタイムに出ているような感じの人物なんだからね」

 真奈美の言うことにも納得が出来た。

 菜織が見えなくなると、俺達は自分のスペースについた

「さてここが、我々の戦場となる舞台!長机だ」

「ここが私たちの場所なのね」

「じゃあ、とりあえずこれを」

「同志、この線を見たまえ我々は42bすなわちこちら側が私たちのスペースだ。」

「これだけなのか」

「何か不満でもあるのかね、同志。」

「郷にいれば郷に従えって言うよ、お兄ちゃん。」

「乃絵美がそういうなら」

 俺は少し納得がいかなかった、本当にこれだけのスペースなのか?これで?初めて同人をやった物なら誰でも思わないのか?初めはどうせ売る物が少ないのでこれでいいのか、そんな事が頭の中をよぎった。

 そんなどうでもいいことを真剣に考えていると、いつの間にか菜織がやって来ていた。

「ごちゃごちゃ言ったって始まらないんだから、早く準備をやったやった」

「菜織、おまえのところのスペースはもう準備したのか?」

「私のところは大丈夫よ、ぱっぱっと準備してきたから」

「何でも早いね」

「菜織ちゃん、すごくなれているもの」

「だめだめ乃絵美、ここでは本名厳禁。私はさとみなんだからね」

 俺が相づちを打っている間にいつの間にか準備が出来上がっていた。

「こんなもんでいいでしょ、乃絵美じゃあ行くわよ」

「OK、菜織ちゃん」

「どこに行くんだ?」

「内緒よ、レディが行くところをいちいち散策しないの」

「ごめんね、お兄ちゃん」

 俺はなにか無視をされたような気がして、すこし腹が立っていた。いったいどこに行くんだ?そう思った俺は、残っている真奈美と大志に質問をした。

「真奈美、どこに行ったか知っているか?」

「知らないよ」

「ふふふふふ」

「大志、何か知っているのか?」

「我が輩ぐらいになればどこに行ったか一目瞭然、しかし彼女たちの希望のため教えるような野暮なことはしない」

 ま、大志がそういっているのならばやばいことではさすがにないだろう。やばいことなら大志が止めるはず。と単純に考えていたが、俺の考えは間違ってはいなかったのだろうか?

 そういう考えをしているところに、乃絵美と菜織がコスプレをして帰ってきた。

「おにいちゃんっ!」

「なんだよおまえ、その格好」

「おお、パステルユーミでは無いか。すばらしいぞ、同志よ。みたか、これがコスプレ。人類自らがキャンパスとなり自分のナルシストさを前面に押し出す、エゴとエゴのぶつかり合い。それがコスプレ、わかったかい同志」

「そうそう、漫画は自分の書きたい物を紙上で表現する。で、コスプレは自分自身で表現する、これがコスプレなの」

「菜織まで、これっていつもの巫女服じゃん」

「わかっていないなぁ同志。メイド・巫女・眼鏡っ娘・魔女っ娘と言えば4Mと証されるヲタクが萌えるキャラ、本当の巫女さんにあえるなんて我が輩達にとっては、至上の喜びなのだ」

「あなたわたしは、さとみって言っているでしょ」

「それで二人とも大きな荷物を持っていたのか」

「そうだよ、お兄ちゃん」

「で、どうなのよ。感想は?」

「すごいよ、二人とも。さとみのは見慣れているから俺は何とも思わないが、周りの目線を見ていればわかるよ。乃絵美も普段から黄色のリボンをつけているけど、今日は特別にかわいい」

「シスコンぶり発揮だね」

「きゃーっシスコン」

「おいおい。真奈美、菜織」

「いいもんね、お兄ちゃん」

なんだか、いいようにされてしまった。

「さて、私は自分のスペースに戻りますか。あとはあなた達でがんばってね」

「がんばろうね、菜織ちゃん」

「だから、さとみだって」

 菜織も戻っていき、しばらくすると開催のアナウンスが流れ開催された。と、同時にあたりは人・人・人ものすごい勢いだ、まるで戦争である。大志以外全員固まってしまい、初めのうちは全然売れなかった。

「これ、見せてもらえますか?」初めてのお客が来た。

「どうぞ、見ていってくださいね」真奈美がいつも通り笑みで答えた。

 お客さんは2分ほど立ち読みした後、

「これ、ください」

 はじめて、本が売れた。何と言っていいんだろ、俺には感動しかなかった。みんなで作り上げたのが売れた瞬間、作り上げた物しかわからない喜びがそこにはあった。俺達は、みんなでそのお客さんに「ありがとうございました」と、声をかけた。

 それがあってからは、そこそこ順調に本も売れていき大志が店番をしていてくれるというので、乃絵美と真奈美はコスプレ広場へ俺は菜織もといさとみのところへ行った。

「おーい、さとみ調子はどうだ?」

「絶好調よ、これ新刊。」

 菜織が新刊を渡してくれる。中を見てみると、おお前に俺達のサークルのために1つ描いてくれた絵が全てに詰まっている。まるで、教科書のような出来映えだ。

「いつもこんなの書いていたのか、俺達の物とレベルが違う」

「経験が違うから当然じゃない、でもみんなで力を合わせてやればすぐにこれぐらいにはなれるよ。そっちはどうなの?」

 そりゃそうだ、いっぱしと何年もやっているものが同じだと経験のある方はたまったもんじゃない。

「うーん、良く売り上げているのかどうかわからないけど午前中に50部ほど売れたのかな。」

「へぇすごいじゃない、初めてにしては結構な数よ」

「なんか、おまえにほめてもらうとなんかうれしいな」

 俺は、このとき本当にそう思った。コミケで実際に本を売った苦しさを知っているからこそこれは出てきたのだと思う。この厳しい世界でここまで上がってくるなんて絶対すごい、すごすぎる。

「そんな、私なんてここ以外ではただの女子高生なんだから」

「でもここでは、頂上じゃないか」

「やめてよ、恥ずかしいから。私は、自分が書きたいから書いているだけなのよ」

「うんうん、さすがは良いことを言う!そう、書きたい物を書いてこそ同人と呼べる。無理矢理書くのは同人じゃない!」

 いきなり大志がわき出てきた。本当に、色々神出鬼没なやつだ。

「たしかにね…ってオィ売り子はどうしたんだよ」

「乃絵美達に任せてきた」

「コスプレ広場から戻ってきたのか?」

「コスプレ広場行ったの?乃絵美ちゃん元気だね、若いよ」

 あんたも俺もそう変らんだろ?って思ったが口には出さなかった。

「疲れて帰ってきていたが、元気だ。さすがは我が輩が見込んだ乃絵美と真奈美、もう我が輩が教えることは無い。」

「疲れているだろうから、俺はスペースに戻る」

「うん、あと2時間がんばろうね」

 そう別れを告げて、大志を置いたまま自分のスペースに戻ってきた。そこでは、乃絵美達がうれしそうに俺の帰りを待っていた。

「おつかれさま、お兄ちゃん」

「お疲れさま、楽しかったね」

 二人は、まだ14時だというのに終わりのようなことを言い出した。

「どうしたの?」

 ふと、俺は疑問に思い聞いてみた。

「完売だよ、お兄ちゃん」

「完売?」

「そう、100部持ち込んだ分完売」

「結構すごいんじゃないのかな、これって」

 たしかにすごいと思う、なかなか初めてのサークルで宣伝もせずに100部も完売するサークルは無いはずだ。

「本当、楽しかった。なんかすごく達成感があるよ」

「やり遂げたって、充実感もあるよね」

「うん、これで菜織ちゃんに合わせる顔もあるね」

「本当、全然売れなかったらどうしようかとどきどきしたよ」

「乃絵美の表紙が良かったんだよ、きっと」

 あまりにも楽しそうな二人なので、少したたえようと俺は言った。

「ああ、またシスコン、でも、本当だよね表紙が良かったよね」

「シスコンじゃ無いよね、お兄ちゃん。表紙は全員の合作だからみんなの力だよ」

「そうだ、みんなでがんばったからここまでできたんだ、きっと」

 二人が言うように達成感と充実感がみなぎってきた。


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