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WithYou 〜みつめていたい〜


 

第5章「帰ってきた刻」

 作業をはじめて、かれこれ5週間ぐらい。菜織とはその間ほとんど声を交わすことがなかった。そして、ついに入稿日前日を迎えていた。

「菜織ちゃんどうしているかなぁ。ずっと私のことを考えていてくれたのに…まるで外国にいるみたいに話してくれないのね」

「真奈美ちゃん…」

 俺もそれはずっと気になっていた。普段声をかけてくれる菜織がいない。下校の時も、俺達が帰るより先に帰ってしまう。昼休みになるとどこかへ姿を消してしまう。思い切り避けられている。

 しかし、そんな事で悩んでいる暇はない。俺は心を鬼にして、言い放った。

「ほらほら、あと何ページ残っていると思っているんだ!締め切りは明日なんだよ。この前も印刷屋さんに頼み込んで締め切り日を延ばしてもらったのに、今度はのばしてくれないぞ」

 またいつものように突然、部屋の扉が開いた。また、奴だろう。

 だが、そこには違う人物が立っていた。いつも見慣れた人物、みんなが認識すると同時に真奈美が満面の笑顔で声をかけていた。

「な、菜織ちゃん!」

「心配してきてあげれば、やっぱり落ちそうじゃないの。ほらほら真奈美、手を止めない。乃絵美も早くペン入れ終わらせて。あなたは、トーンを早く貼りなさい」

 本当に菜織か?あれほど嫌がっていた菜織なのか?俺はそこに立っている人物を信じられなくなるぐらい、てきぱきと仕事を指示していた。

「菜織ちゃんどうしたの?」

 真奈美の意見も当然である。別人になったような菜織を見ると、進む作業も手が止まってしまう。しかし、そんな状況に当の菜織はしびれを切らせてしまった。

「もう見てられないわ、あなたトーンペンを貸して!」

 そこには、全く俺達の知らない菜織がいた。俺達の目の前で、ものすごいスピードで仕上げていき、出来映えも比じゃない。唖然としてみている俺達の傍らで、5分の1の時間で1枚を仕上げてしまった。

「ものすごく上手…」

「げ、なんなんだそのスピード」

「菜織ちゃん、練習していたんだね」

 出来上がりを見て、乃絵美と俺と真奈美は声が出なかったが一言ずつ感想めいた言葉が自然と出ていた。

「違うわよ、私はCow to Happy!(かうとはっぴぃ)の逸見さとみよ。今の今まで知られずに隠れてひっそりとやってきたのに、あなた達が同人をやり出すって言うから」

 菜織がちょっと不機嫌そうな顔で言った。

「もしかして、あの超大手の逸見さとみなの?」

「そうよ、今まで隠してきたけど。」

 それを聞いた真奈美は、すごい者に遭遇したかのように目を丸くして言った。

「逸見さとみさん?」

「コミケで1,2位を争う壁サークル、ここの本を買うために前日から徹夜をする輩も多くすこし問題になっているのね」

 乃絵美の質問に真奈美が答える。それを聞いていた俺は、菜織がすごい人だということが何となくわかったが、完全にはまだ理解できなかった。

 そのため、俺は無駄だろうと思いながらも確認の言葉を言った。

「本当なのか?菜織」

「本当よ、で無ければ手伝っていないわよ。私だって、今日はペーパー作りで忙しいけどあなた達を思って来てあげたんだから」

 この辺の受け答えをする彼女を見て、本人であると俺は確信した。これだけ自信満々に答えれると言うことは、彼女しかあり得ない。

「菜織ちゃん」

「ありがとう、菜織ちゃん」

「ありがとうよ、菜織」

 みんな、心の底からお礼が出ていた。

「な、なによみんなそろって。私はただ手伝っているだけなんだから、早くやってよね。もう、照れて出来無いじゃない。ほらほら、やったやった」

 そのあと、みんな真剣にやった。今までの作業量が嘘のようにはかどった、とはいえ菜織がほとんどやってくれたと言っても過言ではないが、それほどまでに作業スピードが違っていた。

「よし、トーン貼り終了」

 俺が最後の最後に作業を終了させて、終了宣言を行った。

「うーん、やっと終わったね」

「おつかれさま、お兄ちゃん。みんな」

「はいはい、お疲れさまって表紙はどれなの?」

 菜織からは二人の終了宣言とは違う言葉が返ってきた。

「これだよ、菜織ちゃん」

「大志さんに言われたままにしたんだけど、こんな感じでいいのかな?」

「いいとは思うけど、ちょっと貸してみてね」

 乃絵美が菜織に表紙絵を渡すと、菜織は初め俺達に見せたような速度で訂正していき、別のものような繊細な絵が出来上がっていった。

「ほーら、こんな感じでどう?」

「すごいね、さすがは菜織ちゃん」

「うん、ここら辺の線が私たちとは別核だね」

「本当、うまいなぁ」

 菜織の見せた表紙絵にみんなが感心する。

「歴史が長いだけだから、そう大げさに言わないの。もうやってあげないわよ」

「ありがとうね、菜織ちゃん」

「あとね、この画像だけど使う?も、もちろんこんな下手な絵、別に使わなくてもいいのよ」

 ごそごそと鞄の中からクリアーファイルを探してその中に入っている絵を出して俺達に見せてくれた。その絵は、悪いが乃絵美や真奈美が書いた物とは別格の出来映えだった。俺は自然と質問が口をついて出てきた

「これ、おまえが書いたのか?」

「そうよ、おかしいところでもある?」

「いいや、感動している。おまえってそんなに美術得意だったっけ?」

「得意ってほどでは無いけど、嫌いではないわね」

「昔から、美術の時間は適当にやっているように見えてうまかったもんのね」

 俺と菜織の会話に真奈美が横から入ってくる。

「嫌だぁ、真奈美ったらおだてないでしょ」

「本当だって、菜織ちゃん」

「うん、わかる気がする」

「乃絵美まで、怒るわよ。」

 最後は乃絵美も巻き込んでの、おだて合戦になってしまった。が、実際それだけのレベルではあった。

「まあなんにしろ、ありがとうな菜織」

「じゃあ、あしたみんなで入稿に行こうね。菜織ちゃんもおいでよ」

「私はやめとくわ、私が行くと噂が立っちゃうじゃない」

「それもそうだね、じゃあ明日は3人でいこうよ。乃絵美ちゃん」

「OK、真奈美ちゃん。菜織ちゃんごめんね」

「いいのいいの、いってらっしゃい」

 俺達が明日の入稿の打ち合わせているときに、またもや突然扉が開いた。つぎこそ、やつだ。当然やつが、逸見さとみを知らないわけが無く会ったと同時に、菜織に話しかけていた。

「そうかそうかそうか!やはりおまえはあの逸見さとみだったんだな。どこかで見た覚えがあると思っていたが、コミケの神様を見抜けなかったとは我が輩一生の深く。しかし、同志よ安心したまえ。手伝ったことは我が輩命にかけても、口外しないと誓おう。これは男と男の約束だ!」

「だ、だれが男よ、しつれいな」

「たとえではないか、同志。まあ安心したまえ、人の嫌がることはしないそれが私のモットーだ」

「十分しているわよ」

「なにを言う同志、私はただ正しい道に導いただけではないか。そうだろう、同志達?」

「たのしかったから、いいんじゃないかな」

「うん、本当に楽しかったよ」

「はいはい、わかったわよ。」

 大志の質問に、真奈美や乃絵美は答えたが俺も二人の意見と全く一緒だった。楽しかったから結局良かったじゃないか。菜織は少し不審そうだったが、大志はそれを言うとすぐ帰って言ったのでこれ以上つっこむことはせず流した。

 そのあと、打ち上げと称してロムレットでパーティを開いた。そのなかで、菜織があれだけ同人を嫌がったのは、自分の趣味が見つかりたくないためだったそうだ。それで、必死になって俺達を説得してなんとしてもやめさそうとしたわけだった。あと、最近話さなかったのは、自分のサークルの物をいつもより早く仕上げるために急いで帰っており、全てはうちのサークルを手伝うためだと言うことが判明し、みんなで爆笑しながら夜中中騒いでいた。


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